モロッコ(ワークキャンプ編)


25日目: 2010年12月24日  「アトラス山脈越え」

 初のアフリカ大陸進出です。寒々しい冬の欧州を脱出し、いざ青い空に灼熱の太陽輝くモロッコへ。easyjetという格安航空機でマドリードから2時間、マラケシュ空港へ降り立ちました。気候、風土、人、言葉、宗教、何もかもが今までと違う12日間になります。ここでの目的は8日間のワークキャンプへ参加することです。そこに辿りつきさえすれば、プログラムがあり参加者もいて寝る場所も食事も用意されています。あまり不安がなかったのは目的地がはっきりしていたからでしょう。しかしそのザゴラまでは360km。途中でアトラス山脈越えが待っています。今夜は中間のワルザザートに泊まり、明日ザゴラに着くよう予定を組んでいました。

 ワルザザートまでは長距離バスで200km、5時間の道のりです。照りつける太陽の下着ていたコートを脱ぎ、汗ばみながらバス停を探し、チケット購入までが一苦労。乗車してほっとするのも束の間、ダイナミックな車窓に圧倒され、山道のカーブには冷や冷や。シートベルトは壊れているし、車内の時計は狂っています(モロッコには正しく時間を示す時計はほとんどありません)。しかし驚くのはまだ早いようです。明日通るザゴラに至る道について地球の歩き方にはこう書いてあります。「想像を絶するスペクタクルな風景が展開。いきなり岩だらけの険しい山道に突入。グランドキャニオンさながらの大景観に圧倒。」 日本にいても欠かさずシートベルトをするくらい慎重な私ですから、壊れたシートベルトを前に座席前の手すりを掴み祈るような祈るような気持ちでいました・・・。明日のバスは夕方出発ですので景色を見なくて済むのは幸いでしょうか?!写真は車窓です。ガードレールのあるところはまだマシです。

 クタクタになり夜のワルザザートへ到着しました。実は朝からほとんど食べておらず空腹を通り越しています。ホテルでは話し好きのオーナー2人が砂糖たっぷりのミントティーで迎えてくれました。とにかく親切にしてくれるのですが我々は早く何か食べに行きたいのです。おすすめのレストランを教えてもらいましたが、辿り着いたのが奇跡だったのではないかと思うくらい迷いました。はじめて食べたモロッコのタジンはモロッコ12日間の滞在の中で一番美味しく感じました。長い長い一日でした。

26日目: 12月25日  「ワークキャンプのはじまり」

 ワルザザートはサハラの入口です。ここは1920年代にフランス軍によってサハラ砂漠の最前線基地として建設されました。現在はモロッコ軍が駐屯するほか、映画産業が盛んな町でロケ地として今も注目され続けている場所です。近郊で撮った「アラビアのロレンス」や「バベル」が有名です。

 ザゴラ行きのバスは16時頃出発しますのでそれまで町を歩きました。カスバ(城砦)を見学し、昨夜と同じ店でランチをし、ホテルのロビーでゆっくり過ごしました。主人は相変わらず人懐っこく、夫と喋り続けていました。モロッコ人はアラビア語に加え、フランス語がだいたい話せるようでした。さらに教育を受けていれば英語も話せます。今回の旅行中に出会ったモロッコ人は高学歴の人が多かったためか大方英語を話してくれました。一方で、モロッコ人女性とあまり接触する機会がなかったのも事実ですが、英語を話せる女性と会わなかったため、男性の視点からしかモロッコを感じられなかった印象が残ります。近年は女性の教育水準や経済的自立は高まってはいるものの、依然として男性と比べると低いということです。

 バスに乗り込みザゴラまでは2時間半の道のりです。この間エンジントラブルか何かで数回停車しました。その度にまたか・・・と思いましたが、同乗者に同じワークキャンプに参加するメンバーがいることが分かり不安よりも楽しくなってきました。イタリア人3名とイギリス人1名と目的地ザゴラのユースハウスを目指しました。到着してみると、もうほとんどが揃っていました。なんと30名くらいいる大所帯です。フランス8名、イタリア5名、日本5人、ベルギー3名、イギリス2名、スタッフのモロッコ約10名です。モロッコ人は除き他のメンバーとは8日間のユースハウスでの共同生活がスタートしました。

27日目: 12月26日  「ハードな遠足」

 今回参加したワークキャンプには「ワーク」と言われる仕事はありません。文化交流を目的にした異文化共生キャンプのような趣旨でした。①ピエロのワークショップ ②モロッコ陶芸体験 の2つのコースに分かれ、フランス人とモロッコ人の全員が①に、我々を含めそれ以外が②に所属しました。午前中はコースに分かれて活動し、午後は小旅行、学校訪問などの行事に合同で参加するというのが主な内容でした。

 陶芸コースでは、最終的に作品を仕上げるなどの目標がなかったため、毎日講師がついてくれて手をうごかしてはできたものを壊す、というゆるい活動の繰り返しでした。一方で、ピエロのワークショップは、フランス人講師との共同開催だったため気合が違いました。我々もピエロの活動に参加する機会があったのですが、コース選択ができたらこちらにしていたかもしれません。

 この日の午後は合同で遠足に出かけました。ちょっとそこまでお散歩に、と安易にしか考えていなっかったところ想像以上に激しくも厳しい遠足になりました。暑い中砂地を歩き、川を越え(靴を脱ぐ)、平均台のようなところを渡り、最後は岩山をよじ登り、ようやくのことでゴール。(写真でよじ昇っている2名分かりますか?)眼下にザゴラの町を望む壮観な眺めが広がっていました。モロッコ人はギターを持ってきて歌うわ踊るわおおらかな人たちです。

28日目: 12月27日  「個性豊かな参加メンバー」

 参加者との出会いが楽しいのもワークキャンプの醍醐味です。今回はそれぞれの国から友人同士で参加している人たちが多かったため母国語を話すことも多かったのですが、決して嫌な雰囲気にはならずバランスがとれていました。学生より社会人が多かったことも特徴です。我々を含めた日本人5名はとても仲良くなりました。一級建築士試験に合格したばかりの人に、脱サラして世界一周中の旅人(つい先日1年半の旅を終え帰国したとのこと)、休学してフランスとモロッコに滞在しながら仏語勉強中の早稲田生に飛び入りでフランスの大学院生でNGOにインターン中の人が加わりユニークな仲間たちでした。他の国の参加者もユニークで、ジジとフランチェスカという推定50代のイタリア人夫婦とはイタリア料理談義に花が咲きましたし、ヤニスというベルギー人はシティバンクを脱サラして車でベルギーから南下し南アフリカを目指す途中でした。(モロッコを運転できるはすごいです。長い旅路にはもっとすごい道もあるでしょうが・・・。)リチャードという小学校の先生をしているイギリス人とはその後ロンドンで再会しました。ほとんどの人とFacebookで繋がっているので連絡をとろうと思えばすぐにでもとれるというのはすごい時代ですね。

 この夜はモロッコパン教室とモロッコ式ティーセレモニーに参加しました。モロッコでレストランに入ると必ずパンがサーブされます。このパンは独特の風味が美味しいです。ミントティーはとにかく甘いです。白い角砂糖を塊で入れます。割り切れば美味しく飲めます。モロッコでは客を家に招く時、お菓子とともにミントティーでもてなします。お茶の道具は客間にセットされており、客の目の前で主人である男性が注いでくれます。後にモロッコ人の家に招かれてお茶を頂きましたが、この時は人数も多かったためユースハウスのグラウンドにテントを設営して夜の野外のお茶会を楽しみました。写真はその様子です。

29日目: 2010年12月28日  「モロッコの子供たち」

 午前中の陶芸も3日目です。場所は南へ22km行ったタムグルートという町で行われるため、毎日タクシーで通います。移動時間やタクシー待ちの間には誰かが露店で買ってきたものをシェアして時間をつぶしていました。干したデーツ(ナツメヤシ)やみかん、シュガーピーナッツを買ったり、時間があればお店に入ってフレッシュアボガドジュースを飲みました。とても美味しくて3回くらいは飲みました。ただしアボガド+牛乳+白砂糖たっぷり、で高カロリーです。

 午後はクラウンのワークショップの見学です。普段は室内で練習していましたが、今日ばかりはピエロの衣装とメイクをバッチリし、ザゴラの町に繰り出すのです。町の子供たちはもう大騒ぎでこちらが圧倒される程でした。しかもクラウンの格好をしていない我々まで、見たことのないアジア人がいる、ということで注目が集まり子供が押しかけてきした。カメラが目に入ろうものなら撮って!一緒に記念撮影したい!とせがまれます。(子供だけでなく大人までアジア人と一緒に写真を撮りたがります)子供はよく固い草で編んだガゼル(動物)などを持ち歩き、時に売ってこようとします。最初は少し警戒したのですが、ここの子供たちはこれでお金を稼ごう、というわけではなく、コミュニケーションの糸口だと気付いてからは、ちょっとした物と交換する、という方法で接することにしました。例えば、招き猫のシールを貼ってあげる、など。こういうものを持っていると便利です。(このシールは出発前に子供のためにね、と頂いたものでした。有難いです。)