イタリア(ヴェネチア、ラヴェンナ編)


5日目: 2010年12月4日  「イタリアで食の虜に」

 ドイツからの長い長い移動の後、ヴェネチアの滞在先に到着したのは午前2時、眠りについたのは明るくなりはじめた午前6時です。そういうわけでこの日はゆっくりとスタートしました。ヴェネチアを観光するのはもう少し先です。荷物を置いて今晩から2泊3日でアドリア海に面したラヴェンナへ小旅行に出かけます。列車で3時間程の距離ですが、乗換時のハプニングで2時間遅れの到着になってしまいました。

 ラヴェンナは夫の知り合った方のご縁で訪れた場所です。地元の食材を使って丁寧に料理された食卓をご一緒させて頂きました。この地域に伝わる伝統的な料理の数々を目の前にし、実際に味わいながらお話しを伺うことができるというのはなんと贅沢なことでしょうか。この時ご馳走になった食事で我々はすっかりイタリアの虜になってしまいました。この地域の海で作られたまろやかな塩で漬け込んだプロシュート(生ハム)、消費期限が一日しかないクリームチーズ、パスタはチーズと卵と小麦粉を棒状にしたものを去勢した雄鶏を7時間かけて煮だしたスープで頂きます。歴史的に豊かな地域だったエミリア・ロマーニャ州。必要な時に必要な分の卵、小麦、牛乳があったため生麺が多く、かつ小麦粉の量が少ないものが好まれたという伝統が現代の食卓に継承されていました。写真はクロスタータというデザートです。各家庭それぞれの味が代々伝わっていくようで、おしゃれなお菓子もいいけれど、やっぱりお家でクロスタータが食べたいなと思うそうです。素晴らしい食の体験で私たちの目を開かせて頂きました。感謝の気持ちでいっぱいです。

6日目: 2010年12月5日  「最も美しい小さな村」 

 気持ちの良い快晴にアドリア海を望みます。夏には海辺はそれは賑わうそうです。冬の今でも犬を連れてお散歩する人、ヨットの整備に来ている人、思い思いに穏やかな日曜日を過ごしているようです。ラヴェンナは農・工業がバランスよく共存しており、海岸近くには化学工場や巨大なプラント、造船場、がイタリアの特徴ですが、家族経営で成り立っています。

 そのラヴェンナから車で1時間程、「イタリアの最も美しい小さな村」のひとつであるブリッジゲッラを訪れました。この村群に加入するためには厳しい基準をクリアしていないくてはなりません。①村全体の建築様式が統一されて美しいこと、②村の周囲の景観と調和がとれて美しいこと、③文化的、歴史的なモニュメントがあること、が主な基準です。過疎化で失われつつある文化遺産の修繕費や維持費を援助するのが主な目的だそうです。日本で言うところの中山間地域に位置するのでしょうが、この小さな過疎の町に人がわざわざ訪れる理由は行ってみて分かりました。古くに築かれた要塞に、時計塔が岩場に位置しておりここまで昇っていくと眼下に町を一望できます。自動車が走っていなければ時代をタイムスリップしたかのようです。この村は古代ローマ時代からオリーブオイルの村だそうで、原産地名称保護DOPに認定されています。昨夜の夕食でも頂きましたが実際に現場を見てみると、中山間地域で大変なのだろうと想像しました。DOPで産地が守られていますので、今後ずっと存続して欲しいと同じ農家として思いました。

7日目: 2010年12月6日  「メルカート」

 ラヴェンナは西ローマ帝国消滅後、イタリアにおける東ローマ帝国の拠点となりビザンチン文化が花開いた中心地です。この5~6世紀に建てられた聖堂や内部のモザイク画は圧巻です。ラヴェンアは日本人にとって観光地としてはあまり有名ではないかもしれませんが、是非このモザイクを見るためだけにでも訪れて欲しいと思います。

 モザイクやダンテの墓などを駆け足で観光した後、市民の台所「メルカート(イタリア語で市場)」を訪れます。ここでイタリア野菜を覚えました。「チーマディラーパ」(菜花のようなもの)、「カルチョーフォ」(アーティチョーク)、「トレビーゾ」(赤チコリー)、「フィノッキオ」(フェンネルの仲間)です。この中でも今が旬の「チーマディラーパ」を使ってオレッキエッテのパスタを頂きました。絶品です。イタリア人消費者はお店の浮気をせず、お店もまた常連顧客主義なのだそうです。常連客がいれば新しいお客さんは気にせず会話をし続けます。一見のお客にとって最初は厳しいかもしれませんが、なじみになったら強い、イタリアの特徴だそうです。このなじみの八百屋さんの前で写真を撮らせてもらいました。この日ラヴェンナを後にしヴェネチアに戻ります。

8日目: 2010年12月7日  「ヴェネチアの日常」

 この日は一日ヴェネチアを観光します。ヴェネチア大学で日本語を勉強しているジョヴァンニさんを紹介して頂き、彼が1日ガイドしてくれることになりました。日本に行ったことがないのに日本語が驚く程上手で、何よりも気遣いや心意気が日本人よりも日本人のようなそんな印象を受けました。またしてもいい方とのご縁を頂けたことに感謝です。彼は日本へ留学するということですので、次は日本での再会を約束しました。

 ヴェネチアには「非日常」という言葉がぴったりです。今回幸運なことに我々はカナルグランデ(大運河)に面した最高のロケーションに位置する先生のお宅に滞在させてもらったことで、ただならぬ雰囲気の「非日常」に浸るだけでなく、少しばかりの「日常」生活も体験できました。例えば①運河が張りめぐり、曲がりくねった路地や通りに自動車が入れず、橋も歩行者専用のヴェネチアは日用品の買い物(水など重いものは特に)に苦労します。市民の足はカナルグランデを行き交うヴァポレットという水上バスですが船着き場から重い荷物を持って歩くのも一苦労です。②冬はアクアアルタ(高潮)の被害に悩まされます。夜から朝にかけて日にもよりますが運河に面した屋内に水が浸入し1階はある程度の高さまで浸水します。道には高さのある臨時の歩道が設置され、市民は長靴で歩きます。サンマルコ広場も水浸しになります。これには驚きました。この危機から救うために「モーゼ計画」という水路3か所に可動式防潮堤を設置する計画があるそうですが、環境や潟に与える影響を懸念し反対も多いそうで、実際に私たちも反対の文字を町で目にしました。観光客の目線ですがこの美しい水の都を後世に残していって欲しいと思います。

 

9日目: 2010年12月8日  「大学でワークショップ」

 先生の大学のワークショップに参加しました。「日本の農業、農村問題」と「ヴェネチア食の発明」、という異なる角度の2つの講座でした。久しぶりに授業に出るという感覚は緊張しました。その後は学生食堂へ。この大学はユニークなことに、各国の大学が共同運営しているそうです。先生はこれらの大学から派遣されており、生徒は全員留学生とのこと。授業は全て英語です。写真は大学のポスターです。大学が位置する立地も変わっており、島には大学と寮しかないため外へ出るには水上バスを利用するしかありません。これには小話があり、かつては島がまるごと精神病院だったそうです。イタリアは精神病院をなくしたことで有名です。

 翌日から1週間フリーな行程にしていましたので、あれこれと行先を考えていました。「アグリツーリズモ」に泊まるという目的だけはありましたが場所を決めていませんでした。情報収集の結果、南下してトスカーナの小さな町でレンタカーを借りて村巡りをしようということにまとまりました。レンタカーと直近に宿泊するアグリツーリズモを予約し、鉄道の切符を買い、日用品を買い足し準備を進めます。この晩は先生のお宅で日本からワークショップの講師としてお呼びしていた先生を囲み久しぶりの日本食でした。先生には何もかも本当にお世話になりました。